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松山地方裁判所宇和島支部 昭和45年(ワ)33号 判決 1973年3月31日

主文

被告は原告に対し、金九〇二万九〇〇〇円およびこれに対する昭和四五年三月一七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その二を被告、その余を原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告

1  被告は原告に対し、金一、二七一万九、八七八円およびこれに対する昭和四五年三月一七日から右完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  原告の請求原因

一  原、被告の関係

被告は、大阪市福島区吉野町三丁目一一一番地に本社を置き、各地に工場を設けて特殊自動車等の分解整備を業とする会社であり、原告は昭和四一年五月より同会社に整備工として雇傭され、右本社附設工場において就業していたものである。

二  本件事故の発生

原告は、昭和四二年六月七日被告本社工場において同僚の谷岡俊夫を班長とし、原告および西中忠雄の三名が一組となつて三菱BS13型トラクタシヨベル車(以下本件シヨベル車という)の全オーバーホール(点検修理作業)に従事し、同日午後四時二五分ころ、本件ショベル車の足廻り点検修理のため同工場備付の天井走行型三屯クレーン(以下本件クレーンという)を用い、玉掛用ワイヤーロープを使用して本件シヨベル車のバケツト(重量約一、五〇〇キログラム)を吊り上げ、これに支持台を当てて地上一メートルの高さに固定する作業(以下本件作業という)を実施すべく、原告が工場備付のワイヤーロープを取つてきて、バケツトのリフトアームに右ワイヤーロープ(以下本件ワイヤーロープという)を掛け、その両端のワサをクレーンフツクに掛け、西中が本件クレーンを作動させて右バケツトを吊り上げ、次いで原告がバケツトのリフトアームに支持台を当てようとして本件シヨベル車の右斜前からバケツトのリフトアームの下側に入つたところ、右バケツトを吊つていた本件ワイヤーロープが突然切断して、バケツトが原告の頭上に落下し、原告はその下敷きとなつて脳挫傷、頸椎骨折、左橈骨々折、右大腿骨々折等の重傷を負つた。

三  本件事故の原因

本件事故は、本件クレーンによつて本件シヨベル車のバケツトを吊り上げるに際し、本件ワイヤーロープを右クレーンに掛けるとき切断防止に必要な器具を使用しなかつたこと、および被告工場備付のワイヤーロープの本数が払底していて、ただ一本あつた本件ワイヤーロープが使い古されて磨耗し金属疲労を生じていたことが原因で右ワイヤーがバケツトの重量を支えることが出来ず切断したことによつて発生したものである。

四  被告の責任

(一)  民法七一七条の工作物瑕疵責任

本件ワイヤーロープは、被告の前記工場内に設置された天井走行型の本件クレーンの附属物で、これと一体をなし、民法七一七条の土地の工作物に該当する。そして本件ワイヤーロープは重量物を吊るために使用されていたものであるから所有者である被告はその腐朽又は磨耗につき常に注意して切断等による危険の発生を未然に防止する措置を講ずべきであつたのに、これを怠り、前記のとおり古く磨耗した本件ワイヤーロープを使用したため、これが切断して本件事故が発生したものであるから、右事故は被告が所有する工作物の設置又は保存に瑕疵があつたために生じたものというべく、被告は、民法七一七条に基づき、本件ワイヤーロープの所有者として本件事故によつて原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。

(二)  民法七一五条の使用者責任

また本件ワイヤーロープを使用しての前記バケツトの吊り上げ作業は被告の業務の執行に関してなされたものであるところ、本件事故は、(1)右作業に際し本件ワイヤーロープを本件クレーンに掛けるとき、被告の使用者である原告の同僚谷岡俊夫が前記のとおり右ワイヤーロープの切断防止に必要な器具を使用しなかつた過失、および(2)被告はその業務に関しクレーンで重量物を吊り上げる際の補助器具としてワイヤーロープを備え付け、原告ら従業員にこれを使用させていたが、右ワイヤーロープは重量物の吊り上げによる荷量のため絶えず消耗するものであるから、被告本社の工場長平原清秀は、原告らに右作業をさせるに際し、その職責上、クレーン等安全規則一四二条、一四七条に基づき一ケ月を超えない期間毎にワイヤーロープの損傷の有無を点検し、使い古して切断の危険があるものは新品と取り替えるなどの業務上の注意義務があるのに、これを怠り、本件ワイヤーロープのごとき使い古して切断の危険のある部品をそのまま工場内に備え付けて、放置し、原告ら従業員に使用させた過失により、発生したものであるから、被告は、民法七一五条に基づき、前記谷岡俊夫および工場長平原清秀の使用者として本件事故によつて原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

五  損害

(一)  原告は、前記事故によつて前記傷害を受け、直ちに大阪市福島区の首藤病院に入院し、事故当日である昭和四二年六月七日から昭和四三年八月二〇日まで同病院で入院治療を受け、同病院を退院後、愛媛県東宇和郡野村町の野村病院において翌同月二一日から昭和四四年一月二八日まで入院治療を受け、同病院を退院後、山口県宇部市の山口医大病院において翌同月二九日から同年三月一七日まで入院治療を受け、同病院を退院後、翌同月一八日より前記野村病院に再入院し、同月三一日同病院外科閉鎖のため退院し、同日愛媛県東宇和郡宇和町の宇和病院に入院し、以後昭和四七年三月二一日まで引続き治療を受けていたが本件受傷を原因とし外傷性分裂症様状態および外傷性痴呆に罹患し、同日より同年四月二〇日までの間および同年五月二六日以降引続き八幡浜市若山、八幡浜医師会立双岩病院に転入院し、主治医の診断結果によると退院の見込みがない状態である。

(二)  そして本件事故による損害は次のとおり算定される。

1 休職による逸失利益金二七万九、三〇〇円

原告は本件事故当時、被告会社から平均賃金日額金九五〇円を得ていたから、一ケ月の就労日数は少くとも二五日間として、その一ケ月の収入金額は金二万三、七五〇円となるところ、本件事故による前記受傷のため前記の如く入院治療を受け、その間就労することができなかつたため被告から前記収入を得ることができず、本件事故後昭和四六年一月三一日までの三年六ケ月二五日間はその賃金の支払を得られなかつたので、右二五日間を切り捨て三年六ケ月の賃金の額は金九九万七、五〇〇円となるところ、その間労働者災害補償保険法(以下労災法という)に基く休業補償給付(給付基礎日額九五〇円)として月額金一万七、一〇〇円の支給を受けたので、これを控除すると右休職期間中合計金二七万九、三〇〇円の得べかりし利益を喪失したことになる。

2 休業および労働能力喪失による逸失利益金六四四万〇五七八円、原告は本件受傷を原因とし、脳挫傷、頸椎骨折、左橈骨々折、右大腿骨々折等の重傷を受け、既述のとおり首藤病院、野村病院、山口医大附属病院、宇和病院に転々と入院し、昭和四五年五月二六日以降には外傷性分裂症様状態および外傷性痴呆に罹患し、八幡浜医師会立双岩病院に入院治療を受けているが、目下退院の見込みなく、かつ、今後治療を継続し、もし何時の日か退院することができても、なお労災法施行規則の身体障害等級表第三級に該当する身体障害を残す見込みであるところ、右障害は労働省労働基準局通達(昭和三二年七月二日基発第五五一号労災補償法第二〇条の規定の解釈に付て)による労働能力喪失率一〇〇%にあたるもので、原告は本件事故の後遺症により全く労働能力を喪失したというべきである。

したがつて原告は、右病院に入院中は労働に就くことができないので休業を余儀なくされており、また今後もし退院することができても、なお、労働能力喪失により就労することができないものである。

そして原告は本件事故当時満二〇才の健康な男子であり、本件事故に遭遇しなかつたならば満六三才までは就労し収入を得るものであつたが、前記受傷のため全く就労することができず、前記休業補償の打切られた昭和四六年一月三一日(当時原告は満二四才六ケ月であつた)より満六三才までの満三八年間余は全く収入を得ることできないのであるが、労働省労働統計調査部作成の昭和四三年度全企業平均年令別給与額(月額平均、含臨時給与)によれば、同年度の原告と同年令(昭和四三年当時)の二三才の男子有職者の月収は金五万一、〇〇〇円であるから、もし原告が前記のような負傷およびこれに基く身体障害を残さなければ、右就労可能期間三八年間月額少くともこれと同額の収入を得たはずのところ、入院および労働能力喪失により、これを得ることができないので右就労期間中合計金二三二五万六、〇〇〇円の得べかりし利益を喪失したことになる。そこで右金額を年毎に年五分の割合による中間利息を控除するホフマン方式により現価を算出すると金九七五万七、七二八円となり、右金額が原告の本件事故による労働不能の為の喪失利益である。

ところで原告は、前記休業補償の打切り後、引続き労災法に基き給付基礎日額金九五〇円の二一九日分にあたる金二〇万八、〇五〇円を労災補償の長期傷病補償給付年金として支給を受けており、その支給は何時まで継続するか不明なるも、その打切り後は障害補償年金の給付を受け得る見込みで、その額は障害等級第三級として、労災法別表第一により前記長期傷病補償給付と同額のものを受け得られると認められるので、その六三才まで三八年間の合計は金七九〇万五、九〇〇円になるところ、これを年毎に年五分の中間利息を控除するホフマン方式により現価を算出すると金三三一万七、一四九円となる。よつてこれを前記労働不能による逸失利益金九七五万七、七二八円より控除すると、その差額は金六四四万〇、五七八円となるのでこれを損害として請求する。

なお原告が右逸失利益について全企業平均年令別給与額を引用しているのは本件事故に遭わなかつたならば、その後被告会社に引続き勤務していたかどうか不明であり、あるいは他の事業場に転職していたかもわからず、またその収入金額も経済情勢の変動、年令の上昇等により本件事故の当時より高額の給与を受ける可能性があつたものであるが、その額は具体的にこれを把握することができず、したがつて平均的な統計の数字に従うほかないのでこれを引用するものである。

3 慰藉料金六〇〇万円

原告は本件事故により前記のごとき重傷を蒙り、その後これを原因として外傷性分裂症様状態および外傷性痴呆に羅患し、現在なお入院治療中であつて今後何時退院し得るか不明であり、退院後も労働能力を喪失するものと認められ、よつて受けた精神的肉体的苦痛は甚大であり、右苦痛に対する慰藉料額は金六〇〇万円が相当である。

六  よつて原告は被告に対し前記損害の合計額金一、二七一万九、八七八円およびこれに対する損害発生の後である昭和四五年三月一七日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三  被告の答弁

一  請求原因一の事実は認める。

二  請求原因二の事実は認める。

三  請求原因三の事実は否認する。

本件作業に際しては、本件ワイヤーロープの切断防止のためアーム部分に皮を巻きつけるなど必要な処置を講じており、また被告会社においてはシヨベル車のバケツト吊り上げ用ワイヤーロープとして目的物の重量、使用目的等に応じ各種サイズのものを新品、中古品にわたつて数種取り揃えて備え付けており、本数も選択の余地がない程払底してもおらず、原告が選択した本件ワイヤーロープも本件シヨベル車のバケツトの重量を支えるに充分な耐力を有していたものであるから、本件事故は原告主張のような原因によつて発生したものではない。

四  請求原因四の事実は否認する。

(一)  工作物瑕疵責任について

本件ワイヤーロープは、被告会社の所有物であるが、天井走行型の本件クレーンとは別の場所に備え付けられていたもので、全然別個のものであり、常にクレーンから取りはずしていてクレーンを使用する作業の都度その種類、内容に応じて適合品を選択して用いていたものであるから、本件クレーンと一体をなす附属物とはいえず、民法七一七条の土地の工作物に該当しない。また本件ワイヤーロープは腐朽又は磨耗していたものではなく、何らの瑕疵がなかつたものである。したがつて、被告には民法七一七条の工作物瑕疵責任はない。

(二)  使用者責任について

本件事故は被告の被用者である原告の同僚谷岡俊夫および工場長平原清秀の過失によつて生じたものではなく、原告の過失によつて生じたものである。すなわち、谷岡については、本件作業に際し前記のとおり本件ワイヤーロープの切断防止のためアーム部分に皮を巻きつけるなどの必要な器具を使用しており、同人に原告主張の過失はなく、次に平原については、本件のごとき作業のため前記のとおり作業の目的物の重量、使用目的等に応じて各種サイズのワイヤーロープを必要数取り揃えて工場内に備え付け、月一度は必ずワイヤーの損傷の有無を点検し、瑕疵のあるものは新品と取り替え、従業員に対しては瑕疵あるものは提出するよう指示していたもので、本件ワイヤーロープも右月例点検を済ませ、磨耗又は腐朽してもおらず、本件作業に対して充分な耐力があり、瑕疵があつて切断したものではなく、平原に原告主張のごとき過失はなかつた。本件事故の原因は、本件作業に際して前記西中が本件クレーンのスイツチヤー係を担当して右クレーンの操作に従事し、原告が支持台を差し出す係を担当し右西中の本件クレーン操作によるクレーンの上下動を看視し、同人に必要な指示を与えるべき立場にあつたもので、それゆえ原告は本件作業中西中の本件クレーン操作によるバケツトの吊り上げ過ぎがおきないよう絶えず看視し、同人に適時クレーン作動のストツプを指示するなどして過度の吊り上げによる事故の発生を防止すべき注意義務があつたにもかかわらず、適時適切な指示を怠つたため、本件クレーンがバケツトのみならずその本体である本件シヨベル車まで吊り上げてしまつたため、右クレーンに掛けていた本件ワイヤーロープが右重量に耐えることができず切断したことによつて発生したものであつて、まさに本件事故は原告の右指示義務違反の過失によつて惹起されたものである。仮にそうでないとすれば、本件ワイヤーロープが切断した原因は、原告が右ワイヤーロープの選択を誤つたか、バケツトの下から支持台を差入れるときバケツトに接触したか、あるいは他の外的力を与えたものとしか考えられず、いずれにしろ、本件事故は被告としては充分な注意義務を尽していたにもかかわらず、原告の一方的過失によつて発生した事故である。

五  請求原因五(一)の事実中、原告が本件受傷後直ちに大阪市福島区の首藤病院に入院して昭和四三年八月二〇日まで入院治療を受けたことおよび原告が原告主張の期間八幡浜医師会立双岩病院に転入院したことは認め、本件受傷を原因とし外傷性分裂様状態および外傷性痴呆に罹患していることおよび主治医の診断によると退院の見込みがない状態であることは争い、その余の事実は不知。同(二)1の事実中、原告が本件事故当時被告の会社から、平均賃金として日額九五〇円を得ていたこと、本件事故のため労災法に基づく休業補償給付金として主張の期間月額一万七、一〇〇円の支給を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。同(二)2の事実中、原告が本件事故当時満二〇才の男子であつたこと、休業補償打切後主張のとおりの長期傷病補償給付を受け、その支給期間は不明であることおよびその後一定額の障害補償給付を受けることになつていることは認めるが、その余の事実は否認する。同(二)3は争う。

第四  被告の仮定抗弁

仮に本件事故が本件ワイヤーロープの瑕疵によつて発生し、被告に損害賠償責任があるとしても、被告は原告ら従業員に対し、常に、ワイヤーロープは作業の目的物の重量、使用目的に適合する強度なものを使用するよう指導し、作業の具体的実施に際しワイヤーロープを使用するときには、作業員各自が当該作業の種類、程度に応じてこれに適合するものを選択して使用することにしていたものであり、また被告は日常事故防止ならびに安全教育として作業目的物の下には絶対に入らないよう教育していたものであるところ、原告は本件作業に際し、みずからワイヤーロープの選択を誤り、瑕疵のある本件ワイヤーロープを選択して右作業に使用し、かつ、被告の前記事故防止ならびに安全教育等の指導を無視し、吊り上げられたバケツトの下部に立入つていたため、本件事故の発生をみたというべきであるから、原告にも本件事故の発生について過失があつた。よつて損害額の算定にあたり右過失が斟酌されるべきである。

第五  抗弁に対する認否

抗弁事実を否認する。

第六  証拠関係(省略)

理由

一  請求原因第一、二項の各事実は当事者間に争いがない。

二  被告の民法第七一七条の工作物瑕疵責任

1  証人平原清秀の証言、検証の結果および弁論の全趣旨によれば本件ワイヤーロープおよび本件クレーンの形状および状態等は次のとおりであつたことが認められる。

本件クレーンは鉄骨造平家建工場(建物の構造の概況はたて一五メートル、横二七、六メートル、高さ一一メートルで、その東側、西側はトタンで囲つてあり、南側北側は開閉の設備なく開かれたままであるというものである)内の高さ八・五メートルの天井に設置された天井走行型クレーン二台のうちの一台であつて、吊り上げ荷重は三トンのものであること、その天井からはクレーンケーブルおよびスイツチケーブルが吊り下がつており、このスイツチケーブルを操作することによつてクレーンを東西南北に移動させ、またクレーンケーブルを上下させることができること、そしてこのクレーンケーブルの先端には鉄製のフツクと呼ばれる金具が取り付けてあり、目的物を吊り上げるにはもつぱらこのために用意された玉掛用ワイヤーロープを適宜選択して、これを右フツクにかけて行なうものであること、本件ワイヤーロープは右玉掛用ワイヤーロープのうちの一本であつて、材質は鋼鉄製で、直径一センチメートル、長さ二メートルのもので、その両端のワサと呼ばれる部分約一〇センチメートルが輪になつていること、またこれを使用する際には両端のワサの部分をクレーンケーブルの先端のフツクにかけるものであること、以上の事実を認めることができ、右認定を動かすに足る証拠はない。

ところで民法第七一七条所定の土地の工作物とは土地に接着して人工的作業を加えることによつて成立したものを意味するとともに、これに付加してもつぱらその効用を発揮するために使用される付属品もこれと一体をなすものとして土地の工作物と解するのを相当とするところ、これによつて本件をみると、本件クレーンが土地の工作物と解されることはここに多言を要しないところ、本件ワイヤーロープがもつぱら本件クレーンの効用を発揮するために使用されるものであることは前記認定のとおりであるから、これもまた土地の工作物に該当するものと解される。もつとも本件ワイヤーロープは本件クレーンから自由に取りはずすことができるものであることは被告主張のとおりであるけれども、これが取りはずされた後他の用途に使用されることなく、もつぱら前記の用途にのみ使用されるものであることを考えると、取りはずしが自由であることをもつて右解釈を左右することは相当でない。

2  本件事故の発生は請求原因第二項のとおりであることは当事者間に争いがなく、証人平原清秀、同大倉進の各証言および検証の結果によれば、本件事故の際突然切断した本件ワイヤーロープは前記認定のとおりの形状を有するものであるが、この種のワイヤーロープは通常の場合本件作業に充分耐え得るだけの強度を有しているものであることを認めることができ、右認定を動かすに足る証拠はない。

そうすると本件作業を原告らにおいて異常な方法によつてなした等の特段の事由が認められない限り、本件ワイヤーロープが本件作業の過程において切断したことは何らかの理由によつてその物が本来具えているべき性質を欠いていたことによるというの他ないところ、本件全証拠によつても本件作業を原告らにおいて異常な方法によつてなした等の特段の事由を認めることができないから、本件ワイヤーロープの設置または保存には瑕疵があつたことになる。

3  そして本件ワイヤーロープが被告の所有する物であることは当事者間に争いがなく、これが一体となつて民法第七一七条所定の土地の工作物と解される本件クレーンが被告の所有する物であることは弁論の全趣旨により明らかであるので、結局本件事故は同条の土地の工作物の設置または保存の瑕疵に因つて生じたものというべく、被告は土地の工作物の所有者としてこれに因つて生じた損害を賠償する責任があることになる。

三  損害

原告は本件事故によつて脳挫傷、頸椎骨折、左橈骨々折、右大腿骨々折等の傷害を負い直ちに大阪市福島区所在の首藤病院に入院して昭和四三年八月二〇日まで入院治療を受けたこと、並びに昭和四七年三月三一日より同年四月二〇日までの間および同年五月二六日より現在にいたるまで八幡浜医師会立双岩病院に入院していることは当事者間に争いがなく、証人尾崎光泰(第一、二回)、同内田宏、同岡山ハルエ(第一、二回)の各証言および原告本人尋問の結果によれば、請求原因第五項(一)の事実をすべて認めることができ、証人内田宏の証言によれば、原告の現在罹患している外傷性分裂症様状態および外傷性痴呆の症状は完治する見込みがなく、回復してもせいぜい労働者災害補償保険法施行規則別表障害等級表第三級の三に該当する身体障害を残すものであることを認めることができる。

これによれば原告は本件事故後現在にいたるまで各所の病院に入転院を繰り返し、そのためこの間一切就労することができず、また今後治療を継続する間就労は不可能であるうえ、症状が固定しても前記身体障害を残すというのであるから、労働省昭和三二年七月二日基発第五五一号「労働者災害補償保険法第二〇条の規定の解釈について」労働基準局長通牒に照らし、全く労働能力を喪失したものと認められるから、原告は結局次のような損害を蒙つたというべきである。

1  逸失利益 三〇二万九、〇〇〇円

原告が本件事故当時、被告から平均賃金として日額九五〇円の給与を受けていたことは当事者間に争いがなく、これによれば原告の一年間の収入金額は九五〇円の三六五倍に相当する三四万六、七五〇円であると認めるのを相当とするところ、原告は本件事故当時満二〇才の男子であることは当事者間に争いがないから、本件事故がなければ少くとも今後四三年間稼働し、その間前記収入をあげ得たものと推認される。なお原告は労働者災害補償保険法による休業補償給付を受けなくなつた昭和四六年二月一日以降労働省労働統計調査部作成の昭和四三年度企業平均年令別給与額(月額平均、含臨時給与)による同年度の原告と同年令(昭和四三年当時)の二三才の男子有職者の月収額に相当する五万一、〇〇〇円を原告の収入額として計算すべき旨主張するが、この特段の主張については立証がないので理由がない。

ところで原告は既に給付を受けた労働者災害補償保険法に基づく休業補償給付および長期傷病補償給付並びに将来六三才まで給付を受けるべき同法に基づく同給付および障害補償給付を控除して逸失利益の主張をしているところ、既給付の分については損害の填補として、また未給付の分についてはその主張に従つて先に説示したところによつて算定される逸失利益から控除されることになる。

そして本件事故後原告は昭和四六年一月三一日までの間休業補償給付として、一日につき給付基礎日額九五〇円の百分の六〇に相当する額の給付を受けたことおよび同年二月一日から現在にいたるまで長期傷病補償給付として二〇万八、〇五〇円(給付基礎年額の百分の六〇に相当する額)の年金給付を受けたことは当事者間に争いがなく、原告の主張によれば将来同額の長期傷病補償給付を受け、またその打切り後は同額の障害補償給付として年金を受けるとしている。そうすると原告が口頭弁論終結時(昭和四八年二月二八日)現在既に給付を受けた金額は休業補償給付七五万八、六七〇円および長期傷病補償給付四一万六、一〇〇円の合算額一一七万四、七七〇円であると認めるのが相当である。

そこで原告の主張に従つて将来の給付を控除した原告の逸失利益を求め、単式ホフマン式計算法によつて年五分の中間利息を控除してその現価を求め、既に得た給付額をこれから控除して計算すると、原告の逸失利益は三〇二万九、〇〇〇円(一、〇〇〇円未満切捨)と認められる。

2  慰藉料 六〇〇万円

前記諸事情その他一切の事情を考慮すれば、原告の精神的苦痛を慰藉すべき額としては、右金額が相当である。なお原告は前記のとおり重傷を蒙り、相当の損害が生じたことは優に推認されるところであるが、損害額の立証につき原告が受傷時平均賃金九五〇円の給与を受けていたことは当事者間に争いがないところ、それ以上の損害額の立証は何らなされていないといわざるを得ないので、原告の逸失利益は前記のとおり算定せざるを得ない。そこでこの点を慰謝料算定の際の諸事情の一として相当程度斟酌することとした。

四  過失相殺

被告は原告の過失として(1)本件ワイヤーロープの選択を誤まつた、(2)吊り上げられたバケツトの下に不必要に入つた、旨主張する。

本件ワイヤーロープが本件作業に充分耐え得る性能を本来有しているべきはずの種類のものであることは先に認定したとおりであり、本件全証拠によつても、原告が本件ワイヤーロープの選択を誤まつたと認めるに足る証拠はない。また本件事故は原告が吊り上げられたバケツトに支持台を当てこれを固定するためにバケツトの下に入つたものであることは前記のとおりであるから、何ら原告に過失と目すべき行為はない。

したがつてこの点に関する被告の主張は採用しない。

五  結論

よつて原告は被告に対して九〇二万九、〇〇〇円の損害賠償請求権およびこれに対する弁済期経過後である昭和四五年三月一七日より完済まで年五分の割合による遅延損害金請求権を有することは明らかであるので、本訴請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

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